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エイズへの偏見も強い社会で、感染者にどのような支援ができるのだろうか。
こうした悪条件のもとでも、やれることはいっぱいある、と教えてくれるのが、K.Dさんたちの活動だった。
ブラジルは一九七〇年代に、“ブラジルの奇跡”と呼ばれる高度経済成長を遂げ、一九九一年にはGNPで世界第八位。
近代化、工業化が進み、裕福な階級が生まれた。
しかし不況とインフレは、国民の間に大きな経済格差をもたらした。
七〇年代後半から農民たちは、大量に都市へ流れ込んだが、仕事と住む家にあぶれてファベーラを形成するようになった。
この当時で一五〇〇万の人口をもつサンパウロ市では、四割の人が不法占拠したファベーラに住んでいるといわれていた。
そしてこのサンパウロ州に、ブラジルのエイズ患者の三分の二が集中していた。
公的な援助がゆき届かないファベーラでは、国内外のボランティアと住民自身が教育、保健、医療活動を行わなければならない。
K.Dさんが働くモンチアズールは、サンパウロ市内に無数に点在するファベーラのひとつだ。
急な斜面に四〇〇世帯のバラックが建ち並ぶ小さなファベーラだが、住民活動の盛んな所として知られていた。
一九八〇年代初頭、ここに小さな学校と診療所を作ったドイツ人の女性、U.Rさんを中心に、今では保育園、幼稚園、農園、各種の工場、識字学級、劇団や合唱団などができた。
U.RさんはS学校の教師だったことから、芸術を生活や教育の中にとりこむSの思想がここに浸透した。
モンチアズールではいままでに、二人がエイズで亡くなり、二人の人が闘病している。
そのうちの一人は、二歳になる女の子である。
K.Dさんに初めて会ったのは一九八五年、同僚の女性ディレクターと一緒に家庭科の男女共修の取材に行った先で遭遇した。
彼は当時も大学院生だったが、専門とはいえ、性教育や性について、あまりにも自由に明るく語るので、私は軽いショックを受けた。
こういう若者もいるのか、と希望を感じた。
その後、彼はハワイ大学の大学院に留学して、高校生の未婚の母のための学校で働いた。
八八年には、ガセイ南米研修基金でブラジルに渡り、モンチアズールに魅かれて住みついてしまったのである。
帰国の折に聞く各国の現地報告は興味深く、とりわけエイズキャンペーンについては詳しく知りたくなった。
ブラジル政府のキャンペーンは恐怖を煽るもので効果が薄いという。
モンチアズールの住民パワーを生かし、日系人や州の保健省の協力を得て展開するキャンペーン構想は魅力的だった。
現地取材の予算はとれなかったが、リオーデジャネイロ支局の特派員が撮影取材をうけおってくれた。
こうしてモンチアズールの暮らしやエイズ予防プロジェクトの活動だけでなく、ブラジルのエイズ診療の現状なども紹介できることになった。
九一年のエイズキャンペーンは、ファベーラの若者たちの性行動と性意識を調査することから始まった。
一〇人のメンバーによる一三歳から一九歳までの男女八五〇人の面接調査である。
性体験はびっくりするほど小さい頃から始まっている。
男子では六、七歳というのも珍しくない。
男子の半分は一四歳までに、女子の半分は一八歳までに性体験を持っていた。
初体験がレイプというケースは九%たった。
コンドームの使用率は低く、男女ともに一〇%前後で、コンドームを持っているのは遊び人だと思う若者が多かった。
貧しい女性たちの避妊に関する調査では、ピルが圧倒的に多く、若い世代で八、九割。
不妊手術をした人が全体で一六%だった。
これは帝王切開で出産する時に、無料で不妊手術を受けられるためで、三〇代では三割近くにのぼる。
コンドーム使用率は、わずか二%だった。
コンドームは一個○ドルもする。
労働者の一週間分の交通費にあたり、食べるだけがやっとの生活をしている人には手が届かない。
それにブラジルにはマチスモ(男性上位文化)の伝統、が強く、「コンドームなんて、とんでもない」という風潮がある。
私たち日本人は、リオのカーニバルのイメージから、ブラジルを情熱的で性的にも奔放な国と思いがちだが、カトリック教徒が多く、性は秘すべきものと扱われてきた。
K.Dさんが書いた本『耳をすまして聞いてごらん』によれば、初めのエイズキャンペーンのキャッチフレーズは、「セックスをオープンに語ろう」だった。
人が集まる所ならどこでもエイズの講習会が開かれた。
ポスターや横断幕を作り、国際機関からもらったコンドームを市価の一〇分の一で販売した。
K.Dさん自身、いつもポケットにコンドームを入れて、いたる所でエイズとコンドームの話をしまくった。
彼はいつのまにか「日本から来たコンドームおじさん」と言われるようになった。
性に関する話が自然にできるのは、気のおけない仲間同士である。
K.Dさんがポルトガル語を必死に身につけて、地域の住人の一人として暮らすにつれて、多くの人が彼の話に耳を傾けるようになってきた。
「使いにくい雰囲気があるとわかったから、すごく考えたんですよ。
コンドームを使うことがカッコよくてセクシーだと思えるようになればいいわけでしょ。
同年代の友人がかけてくる圧力に弱いのが若者だから、これを利用しようって。
ピルや不妊手術は男女の会話を必要としない避妊方法だけど、コンドームは会話を生かす。
マチスモの中で、女性がセックスの時に発言するきっかけになるんですよ。
ターゲットは若者。
若者に影響を与えるには、お説教じゃダメです。
彼らといっしょに考えて、いっしょに作っていくのが一番でした」九一年のキャンペーンで画期的だったのは、住民三〇人による「モンチアズール劇団」が、エイズの劇を作ったこいたった。
結成されて三年のこの劇団の質は高く、海外公演などもこなすまでになっている。
今回は、エイズを理解するために麻薬や売春なども盛りこんだオムニバス形式のシナリオを皆で作って披露した。
キャンペーンの模様は、陽気なお祭りにしか見えない楽しいものだった。
明るい太陽のもと、元気な若者たちが、テンポのよい「カミジーユヤの歌」を歌って踊る。
カミジーユヤとはコンドームのことで、「小さな服」という意味だ。
「エイズで死ぬことはないコンドームを使おう……」若者たちはこんな歌を口ずさみながら、たくさんの子どもたちをひきつれてファベーラのなかを練り歩いた。
クイズや講演会があった。
コンドームをそれと知らずにふくらましてしまい、たしなめられてあわてるおじさんの一人芝居もあったし、若レカミフルの愛の語らいもコントになった。
お祭りを楽しむうちに、エイズとコンドームのことが頭にしっかり入っていく、という巧妙な仕掛けがいたるところに散りばめられていた。
九一年の時点で、ブラジルではエイズ患者が約二万人。
それも1ヵ月に五〇〇人ずつ増えていた。
ストリートチルドレンの一〇人に一人は感染しているという調査もあった。
八〇年代初頭の頃は、ゲイを中心にしわよる“上流社会”の病気だったのが、またたくまに貧困層に広がった。
リオーデジャネイロ連邦大学付属病院のエイズセンター所長、C博士は、インタビューのなかで、にどんどん近づいています。
そうなれば手のほどこしようがなくなるでしょう。
原因はエイズ教育の遅れにあります」と苦しげに言った。
この病院で受け入れ可能なエイズ患者は一五人だ、が、現在では三五人が入院中で、多くの人がベッドの空くのを待っていた。
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